夫婦の距離を整えるという選択
― 相手を変えずに、 私が穏やかに生きるための再設計 ―


私はずっと、「夫婦は一緒にいるもの」だと思っていた。
私の父は穏やかな人で、派手ではないけれど、地味に人を支える人だった。
両親はよく二人で出かけていた。
それが、私の中の「普通の夫婦」だった。
だから私は、無意識のうちに
「夫婦は一緒に過ごすもの」
「一緒に出かけるもの」
「休日は共有するもの」
と思い込んでいた。
でも、現実は違った。
夫はマイペースで、衝動的で、
イライラすると運転も荒くなり、
他の車に文句を言い続けることもある。
私は感受性が強く、余韻を引きずるタイプ。
一度ぶつけられた言葉や空気を、何日も抱えてしまう。
私は穏やかに生きたい人。
でも、距離が近すぎた。
それが、喧嘩の原因だったのかもしれない。
気づいたこと
私が欲しかったのは
「夫を父のような穏やかな人に変えること」ではなかった。
欲しかったのは、
安心できる距離。
一緒にいる時間が長いことではなく、
神経が安全でいられること。
私は刺激が多いと消耗する人。
だから、密着型の夫婦生活は合わなかっただけ。
間違いではない。
ただ、設計が合っていなかった。
私にちょうどいい形
・夕食を一緒に食べる程度
・外食を一緒にする程度
・週末は基本、別行動
・無理な遠出はしない
・イライラしている時の車には乗らない
これを思い浮かべたとき、
胸が「とても良い感じ」になった。
身体がOKを出している。
相手を変えなくていい。
自分の神経を守ればいい。
距離を取ることは冷たいことではない。
関係を守るための知恵。
これからの合言葉
「この人はこの人のまま」
そして
「私は私の穏やかさを守る」
相手を変えようとしない。
戦わない。
深追いしない。
私は、穏やかでいたい人だから。
思い出したいこと
父を思い出すと、あたたかくなる。
その安心感は、もう私の中にある。
私は
穏やかで、派手ではなく、
地味に人を支える人が好き。
そして実は、
私自身もそういう人間なのだと思う。
だから私は、
穏やかな状態で暮らせる設計を選ぶ。
夫婦の形は一つではない。
私たちの形を作ればいい。
私は、自分の神経に優しく生きていい。