私は何のためにこの仕事をしているのだろう?時々、ふと思うことがある。やりたいことはたくさんある。仕事をしなくても??とりあえず、生活には困っていないのだから、仕事はやめてもいいのでは?時々、真剣に悩んでましているのかとしているのかと。贅沢な悩みです。
昔から仕事が好きだった。何かを考え、それを形にしていくことが好きだった。仕事を辞めたくなくて結婚を選ばなかったこともあった。
でも夫をみていると私にはそれほどお金に関する執着がない。儲けることにガッツがない。ただ好奇心のまま、なにか惹かれる、導かれるままに進んでいるように思う。それがどこに行こうとしているのかは分からない?
でも分かるとは思わない。道半ば、今までもどこにたどり着くか分かって歩いてきたことなどない。ただ目の前にあることを淡々と、ある意味一生懸命にやってきただけ。
自分でも嫌になるくらい、真面目。全然違うのだろうけど、完璧主義。めんどくさい。適当にできない。納得するまでやる。自分でもへきへきしてしまう性格。でもそうしかできない自分なのです。
ちなみに美術に関わっているのはなぜだろうと考えると、やっぱりあの光景が忘れられない。子どもたちのガッツポーズ、楽しそうな顔、お尻フリフリ、鼻歌交じりの制作風景。
精一杯、制作した後のあの教室の雰囲気。みんな精一杯制作をやり遂げた後の周りの友達へ向ける優しい眼差し。
そして聞いたあの言葉「この作品もいい、あの作品もいい。みんな違って、みんないいね」
こんな美術の時間があっていいんじゃないか。一人一人の違いが、違うことがいいって思える、そんな時間があっていいんじゃないかなって!
だから私が教えることは、自分が伝えたい造形物を伝えることができるようになるために、その技術を教えることです。
まずは感覚器官の一つ視覚を鍛えること、そして視覚をとおして自分の伝えたいことを造形物として伝えられる技術を教えることです。
視覚: ①形、②色彩、③素材
そして誰かに自分の思いを伝えるデザイン、自分の思いを自分に伝えるファインアートの世界。
見るから観るへ、俯瞰できるようになるために。
アート:アートマン(サンスクリット語)=魂