夫婦関係

夫と生きることで、私は何を学ぼうとしているのだろう

notty117

ふと、自分に問いかけた。

「私は夫と生きることで、この人生で何を学ぼうとしているのかな」

相手を変えることでも、
わかり合うことでもない気がした。

もっと根っこにあるもの。

① 他人はコントロールできないという真実

姿形は似ている。
同じ家に住み、同じ食卓を囲む。

でも中身はまったく違う宇宙。

「わかり合えるはず」
「正しさは共有できるはず」

そう信じていた。

けれど、違った。

違うものは、違う。

それを認めることは、敗北ではなく成熟。

② 正しさという武器を下ろす

私は考える人だ。
言語化できる人だ。

だからこそ、
「正しさ」で相手を責めてしまうこともあった。

でも気づいた。

正しさは、幸せを保証しない。

武器を下ろしたとき、
心はふっと軽くなる。

③ 精神的に自立するということ

今までは

わかってもらう
変わってもらう
気づいてもらう

そこに力を使っていた。

でも今は違う。

「私は私で幸せになる」

同じ屋根の下で、
心だけは自立する。

これは逃げではない。
静かな覚悟だ。

④ 父親像からの卒業

もしかしたら私は、
夫に「理想の父」を求めていたのかもしれない。

安心
包容
絶対的な理解

でも夫は夫。

違う人間。

姿が似ているからといって、
同じ中身だと思い込まない。

それだけで、不幸は減る。

⑤ 不完全な人への感謝

文句もある。
イライラもある。

でも同時に

生活を支えてくれている
家事をきちんとやってくれる
娘を大切にしてくれる
私が病気のとき助けてくれた

それも事実。

感謝は、完璧な人に向けるものじゃない。

不完全な人に向けるもの。

私が学んでいること

たぶん私は今、

違うものを、違うまま認めること

を学んでいる。

理解しきらなくてもいい。
同化しなくていい。

ただ、違いをそのまま置いておく。

その強さ。

もしこの学びが終わる日が来たら、
人生はまた自然に形を変えるだろう。

でも今はまだ途中。

丘の上で、風に揺れながら、
私は海を見ている。

急がない。

ちゃんと進んでいるから。

ABOUT ME
のぶちゃん
のぶちゃん
アート・エデュケーター
私自身はHSP、夫はADHD。とても難しい組み合わせですが、夫婦生活30年やってます。ドタバタ、ケンカの絶えない日々の記録とその考察。 武蔵野美大と武蔵野大学の心理学科卒。「人はなぜ生きているのか」が私の最大のテーマです。 公共建造物のカラーデザイナー、子どもの絵と心のアトリエ、中高の美術講師。 そして今年は還暦。もういい加減に「心穏やかに暮らしたい」が今の最大の夢です。
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