心をニュートラルに戻す|穏やかに生きるために私ができること
私が目指したいのは、いつも「楽しい」「幸せ」と感じている状態ではありません。
安らぎ、落ち着き、穏やかさ、思いやり、優しさ。
そして、大切なことに心を向け、簡単にはへこたれず、自分の歩みを続けていけること。
そんなニュートラルな心を、普段の自分の基本の状態にしていきたいと思っています。
- 「快」を追いかけるより、苦しみの少ない心へ
- 澄んだ水のような心でいる
- 普段の感情は「ニュートラル」を基本にする
- 仕事前の30秒座禅|節目ごとに心をリセットする
- 毎日の暮らしでできること
- 自分という存在を許し、受け入れる
- 夫を「理想の夫」にしようとしない
- 頭がグチャグチャしたら、別のことをする
- 定期的に心と身体をゆるめる
- アートの時間は、私にとって心のメンテナンス
- ケンカになりそうなときは「離れるが勝ち」
- 怒ったときこそ「自分の感情を外から眺める」
- 「反応はできるけど……」と、ひと呼吸置く
- 相手を裁かず、ありのままを見る
- サティ(気づき)で怒りを観察する
- 「心の使い方」は「気持ちの切り替え方」
- まとめ|濁ったら、また澄ませればいい
「快」を追いかけるより、苦しみの少ない心へ
仏教的な考え方では、「快」には大きく二つの方向があります。
- 欲が満たされたときに感じる満足としての快
- 心に苦痛や執着、わだかまりがないことから生まれる穏やかな快
「もっと楽しまなければ」
「もっと幸せにならなければ」
「人生は楽しくなくちゃ」
そうやって快楽を追いかけ続けることが、本当に心の安らぎにつながるとは限りません。
私が求めているのは、刺激の強い喜びというより、心の中に余計なわだかまりがない静かな心地よさなのだと思います。
澄んだ水のような心でいる
心が静まり、澄んだ水のようになったとき、私たちは自分の感覚や直感に気づきやすくなります。
考え続けることをいったんやめ、目の前のことに没頭していると、いわゆる「ゾーン」や「フロー」と呼ばれる状態に入ることがあります。
そんなときには、インスピレーションが湧いたり、軽やかな活力や高揚感、開放感を感じたりすることもあります。
私にとって大切なのは、無理に「いい気分」をつくることではありません。
濁ったら、澄ませる。
乱れたら、戻る。
その繰り返しなのだと思います。
普段の感情は「ニュートラル」を基本にする
心の持ち方として、こんなふうに考えてみます。
- ニュートラルを基本にする
- 快はおまけと考える
- 不快を感じたら、ため込まず上手に解消する
人と関わって生きている以上、不快な感情をまったく感じないことはできません。
だから必要なのは、不快をなくすことではなく、不快な感情に支配され続けないこと。
そのためには、
- 怒りに任せて反応しない心の使い方
- 怒りや不快を感じたとき、自分の感情とどう向き合うか
この二つが必要なのだと思います。
仕事前の30秒座禅|節目ごとに心をリセットする
仕事を始める前に、ほんの30秒。
お腹が膨らんだり縮んだりする感覚に意識を向けます。
何かを始めるときには、それまでの思考や感情をいったん置いて、
「ここからまた始めよう」
というつもりで呼吸する。
一日の中に小さなリセットポイントをいくつもつくっておけば、心が大きく乱れる前にニュートラルな状態へ戻りやすくなります。
毎日の暮らしでできること
感覚に戻る|マインドフルネスを暮らしの中へ
頭の中のおしゃべりが増えたときには、「考えること」から「感じること」へ意識を戻します。
- 食べるときは食事に集中する
- 家事をするときは、手を動かしている感覚に集中する
- 入浴中はゆっくり一日を振り返り、そのときの感情にも気づく
- 外へ出て、シェリと散歩しながら風や光、匂いを感じる
- 寝る前に2分間、呼吸だけに意識を向ける
- イライラしてきたら、まず休む
- 頭の中にネガティブな思考が増えてきたことに気づく
- 朝のトレーニングで心と身体を整える
- お茶や甘いものを楽しみ、ほっとする時間をつくる
- 一日の節目に、お腹に手を当て、目を閉じてゆっくり深呼吸する
- 身体をぶらぶらと揺らし、余計な力を抜く
大切なのは、特別なことをすることではありません。
頭から身体へ。
思考から感覚へ。
そこへ戻るだけでも、心は少しずつ静かになっていきます。
自分という存在を許し、受け入れる
穏やかに生きるためには、「もっと頑張る」だけではなく、諦めることも必要です。
ここでいう諦めるとは、投げ出すことではありません。
「完璧でなくてもいい」と認めることです。
- そこそこの自分、完璧ではない自分を許す
- 何もしないで、ぼーっとする日があってもいい
- 自分を追い詰めるほど働かない
- 授業を完璧にしようとしない
- 「ほのぼのとした授業」でもいい
- 完璧に穏やかな人間になろうとしない
- 家事を完璧にしようとしない
- 趣味まで完璧にやろうとしない
「穏やかに生きなければ」と頑張りすぎてしまったら、それ自体が新しい苦しみになります。
穏やかでいられない自分まで含めて受け入れる。
そこまでできたら、ずいぶん楽になる気がします。
夫を「理想の夫」にしようとしない
夫婦関係でも同じです。
相手を自分の理想に近づけようとすればするほど、現実との違いに腹が立ちます。
だから私は、
- 夫を「理想の夫」にすることを諦める
- おっちょこちょいなところには、ときには片目をつぶる
- 聞いていてしんどくなったら、無理に付き合わずその場を離れる
- 相手を変えようとするより、自分の心を守る
- 余裕のあるときには、おいしい料理を作って一緒に楽しむ
そんな距離感を大切にしたいと思います。
頭がグチャグチャしたら、別のことをする
考えすぎて頭の中がいっぱいになったときには、無理に答えを出そうとしません。
- ミステリーや推理ドラマを見る
- パワーライティングで頭の中を書き出す
- 部屋を片づける
頭の中を直接整理できないときは、目の前のものを整理する。
それだけでも不思議と頭の中までスッキリすることがあります。
定期的に心と身体をゆるめる
毎日の小さなメンテナンスだけでは足りないときには、少し大きな休息を入れます。
- マッサージや推拿(すいな)を受ける
- 買い物を楽しむ
- 温泉へ行く
- 自然の中で過ごす
- ときには自然の中に泊まる
- おいしいものを食べに行く
- 行きたかった場所へ旅をする
休むことは、何もしないことではありません。
これからの自分を整えるための時間です。
アートの時間は、私にとって心のメンテナンス
そして私にとって、とても大切なのがアートの時間です。
- 自分が穏やかに暮らしている世界を絵にする
- 自分自身に何かを気づかせるような絵を描く
- 写真をじっくり見ながら、その世界に自分がいるように感じて描く
- 描くことそのものに没頭し、無心になる
絵を描く時間には、「考えている私」から離れられる瞬間があります。
うまく描くことよりも、描くことで心がほどけていくこと。
それが、今の私にとってのアートなのだと思います。
ケンカになりそうなときは「離れるが勝ち」
夫婦でケンカになりそうなときには、その場で決着をつけようとしないこと。
- まず物理的な距離を取る
- ケンカは「今は距離が近すぎる」というサインだと考える
- ケンカになりそうなら、その場から離れる
- 相手の特性や育ってきた環境なども含めて理解しようとする
- 相手を自分の理想どおりに変えようとしない
- 聞き流せないときは、無理をせず場所を離れる
逃げることは負けではありません。
その場で言い返して関係を傷つけるより、自分の心を守るために離れるほうが賢いこともあると思います。
怒ったときこそ「自分の感情を外から眺める」
怒りが湧いたときに大切なのは、
「怒ってはいけない」
と抑え込むことではありません。
まず、
「私は今、怒っているんだな」
と気づくことです。
感情そのものと自分を少し離して眺めてみます。
例えば、
- 「私は今、○○に怒っている」
- 「私は今、○○に反応している」
- 「私は今、○○に不満を感じている」
と、心の中で言葉にします。
感情を言葉にすることで、怒りそのものに飲み込まれるのではなく、怒っている自分を観察する側へ少し移動できます。
「反応はできるけど……」と、ひと呼吸置く
何か嫌なことを言われた瞬間、
「反応はできるけど……」
と、一度止まってみます。
そして、
「さて、私はこれからどう対応しようか?」
と考える。
ポイントは、実際に反応する前に、
「自分の反応を観察するぞ」
という立場に自分を置くことです。
怒りに任せて言葉を投げ返すのではなく、「反応するかどうかを自分で選ぶ」。
これができたら、ちょっと大人です。
相手を裁かず、ありのままを見る
相手の言動を見た瞬間、
「普通はそんなこと言わない」
「どうしてこの人はいつもこうなの?」
「きっとこう思っているに違いない」
と、私たちはたくさんの判断や想像を加えてしまいます。
でも、まずはそれを脇に置く。
その人が、
何を言ったのか。
何をしたのか。
まず事実だけを見る。
善い・悪いの判断を急がず、「今、こういうことが起きている」と理解する。
それがニュートラルな心に戻る一つの方法です。
サティ(気づき)で怒りを観察する
怒りが出てきたときには、次のように観察してみます。
- 気づく
「私の中に怒りがある」と認識する。 - ラベリングする
「これは怒りに反応している状態だ」と言葉にする。 - 怒りを数値化する
「今の怒りは70%くらいかな」と、自分の中で数字にしてみる。 - 変化を観察する
70%→50%→30%→10%……と、怒りが変化していく様子を眺める。
怒りを無理やり消そうとするのではなく、
「今、怒りがある」
と認めて観察する。
感情は固定されたものではありません。
眺めているうちに、少しずつ形を変えていきます。
「心の使い方」は「気持ちの切り替え方」
感覚、感情、思考、意欲。
私たちは一日の中で、いろいろな心の働きを使っています。
大切なのは、どれか一つにとらわれ続けないこと。
ストレスがたまっているとき
「これは不快な感情が続いている状態だ」と気づく。
それなら、思考から感覚へ意識を切り替えてみます。
おいしいものを食べる。
音楽を聴く。
お風呂に入る。
自然の中へ出る。
旅に出る。
感覚を使って、心をリセットします。
頭がモヤモヤして考えがまとまらないとき
「今は思考を使いすぎているんだな」と気づく。
それなら、いったん考えるのをやめます。
ひと休みする。
散歩する。
身体を動かす。
頭から身体へ意識を戻します。
元気が出ず、やる気が湧かないとき
「今は意欲が落ちているんだな」と気づく。
そんなときは、無理に自分を奮い立たせるより、
「少し好きなことをしよう」
という合図なのかもしれません。
まとめ|濁ったら、また澄ませればいい
私が目指しているのは、「いつも穏やかで、決して怒らない人」になることではありません。
人間だから、怒る日もある。
イライラする日もある。
頭の中がグチャグチャになる日もある。
大切なのは、そこで自分を責めないこと。
「あ、今ちょっと濁っているな」
と気づいたら、また少しずつ澄ませていけばいい。
呼吸する。
身体を動かす。
散歩する。
休む。
書く。
片づける。
絵を描く。
必要なら、その場を離れる。
そうやって何度でも、自分のニュートラルな場所へ戻ってくる。
穏やかに生きるというのは、ずっと波のない人生をつくることではなく、波が立っても、自分で静かな場所へ戻ってこられることなのだと思います。

