自分に優しく、人にも優しく
notty117
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私はずっと、
怒らない人がかっこいいと思っていた。
釈迦は怒りを戒めた。
仏教は「怒り=煩悩」だ。
だから私は、
怒らない自分を目指してきた。
親にも、兄弟にも、友達にも、
感情を荒らげる自分を見せたことはない。
その代わり、
怒りは静かに、深く、
自分の内側へ押し込めてきた。
学びもしてきた。
内省もしてきた。
なのに、どこかで止まっていた。
最近、ようやく気づいた。
私が進めなかった理由は、
怒りに「気づいてしまうと」
人生の前提が変わってしまうと
知っていたから。
それらを、
なかったことにできなくなる。
だから私は、
「わかっているつもり」で止まっていた。
それは逃げではなく、
自分を壊さないための知恵だったのだと思う。
ある言葉に、体が反応した。
怒りは「気づきの鐘」。
鳴らしてはいけない鐘じゃない。
正解の方向でも、
立派な方向でもない。
「息ができる向き」
「自分を裏切らない向き」
消耗とは、
自分を削って合わせる生き方。
創造とは、
自分から湧いたものを使う生き方。
怒らない人がかっこいいんじゃない。
怒りに気づき、
それでも誠実でいようとする人が、美しい。
怒りは、敵じゃない。
あなたの人生の、コンパスだ。