夫にイライラ

ここ数日、なんとなく自分の調子がよくない。

夫の言うことが気になったり、いつも以上にイライラしたり。

「最近、私の周波数が下がっているのかな?」

そんなふうに思っていました。

振り返ってみると、先週はWordPressでサイトを作ることに夢中になっていました。

楽しくて仕方がない。

ここを直したら、次はここ。 画像はどうしよう。 カテゴリーはどうしよう。 文章も直したい。

一つ終わると、また次が気になる。

パソコンの前から離れても、頭の中ではずっと何かを考えていました。

でも、そのときは平気だったんです。

楽しいし、夢中になっているから、自分では「無理をしている」という感覚がありませんでした。

ところが、少しサイト作りから離れたここ二、三日。

なんだかイライラする。

夫ともぶつかる。

そして今日、

「夢中になっている最中は気づかなくても、数日遅れて疲れが出ることがあるんじゃない?」

と言われました。

その瞬間、

ああ、そうか。私、疲れていたんだ。と、ものすごく納得しました。

すると不思議なことに、それまで夫に向かっていたイライラが、すーっとなくなりました。

夫が何か変わったわけではありません。

問題が解決したわけでもありません。

ただ、

「私は今、疲れている」

と自分の状態がわかっただけ。

それだけなのに、心が静かになりました。

「周波数が下がった」と思っていたけれど

私は最初、「自分の周波数が下がっている」と考えていました。

でも、もしかしたら今回は、もっと単純なことだったのかもしれません。

心と身体の余白がなくなっていただけ。

楽しいことでも、夢中になれば疲れる。

好きなことだからこそ、止めどきがわからなくなることもあります。

そして疲れて余白がなくなってくると、普段なら流せるような誰かの一言が引っかかったり、ちょっとしたことに腹が立ったりする。

そこで、

「あの人はどうしてこうなんだろう」

と相手を分析し始めると、ますます頭の中が騒がしくなる。

今回の私が、まさにそれでした。

腑に落ちる言葉は、頭を静かにする

今回もう一つ面白いと思ったのが、「言葉」の力です。

頭がうるさいときは、考えないほうがいいと思っていました。

確かに、答えの出ないことを延々と考え続ければ、ますます疲れてしまいます。

でも今日、

「ここ数日の無理がたたったんじゃない?」

という言葉を聞いて、

「ああ、それだ」

と腑に落ちた瞬間、頭の中が静かになりました。

言葉は、頭をうるさくすることもあるけれど、腑に落ちる言葉に出会うことで、心を静かにすることもある。

これは、私が考えている「3Dメソッド」にもつながる気がしました。

Dialogue(対話)
Describe(言葉にして捉える)
Drawing(描く)

最初に言葉にするのは、もっともっと考えるためではない。

自分の中で絡まっているものを外に出し、

「ああ、私は今こうなんだ」

と気づくため。

そして、必要なところまで言葉にできたら、そこで分析を続けず、今度は色や線や形へ移っていく。

言葉からアートへ。

考え続けるのではなく、描くことに自分を預けてみる。

今日の私はまだ絵を描いていないけれど、Dialogueの段階だけで、少し心がほどけました。

イライラしたら、相手より先に自分を見る

誰かにイライラすると、どうしても相手の中に原因を探したくなります。

もちろん、本当に相手に問題があることだってあります。

でも、その前に一度だけ、

「私、疲れてない?」

と自分に聞いてみる。

眠れているかな。

頭を使いすぎていないかな。

一人になる時間はあったかな。

楽しいことだからと、頑張りすぎていなかったかな。

今回の私は、夫を分析するより先に、これをすればよかった(笑)。

心の調子が悪いと思ったら、心だけを見るのではなく、まず休んでみる。

そして、腑に落ちるところまで言葉にしたら、それ以上追いかけない。

今日の私には、それだけで十分だったようです。

「ああ、私、疲れていたんだね」

その一言で、夫へのイライラまで消えてしまったのだから。

自分の心というのは、案外おもしろいものです。