夫婦とは、お互いの鬼の後ろにある青空を見つける練習なのかもしれない

  • URLをコピーしました!

夫婦とは、お互いの鬼と戦うことではなく、
鬼の後ろに隠れている青空を、お互いに見つける練習。
相手を鬼だと思ったとき、人は「我」という鎧を着る。
鎧を少し脱げたとき、ようやく相手の青空が見えてくる。

今朝、夫とお金のことで話をしていて、また少し心がざわついた。

私と夫は、本当にお金に対する価値観が違う。

私は、ある程度これからの生活の見通しが立っているのなら、元気で動ける今のうちに、旅行をしたり、美味しいものを食べたり、心が動く体験にお金を使いたいと思っている。

お金そのものよりも、経験や時間を大切にしたい。

一方、夫は違う。

石や時計、車など、形として残るもの、いざというときには売ることのできるものに価値を感じるところがある。

そして以前、夫に「どうしてそんなにお金のことが気になるの?」と聞いたとき、

「心の中に恐怖がある。だから安定がほしい」

と話したことがあった。

今日、改めてその言葉を思い出した。

最近、二人で泊まるホテルを探していた。

いろいろ探したけれど、日程や場所などの条件を考えると、結局二人で7万円ほどのホテルしか見つからなかった。

それを見た夫が一言。

「たけー!」

その瞬間、私の中がカチンとした。

「こっちはいろいろ探したんだよ」

「何も考えないで、このホテルを選んだわけじゃない」

そんな気持ちが一気に湧いてきた。

そこで、ふと思った。

私は「否定される」ということが、とても嫌いなのかもしれない。

夫は単に、

「7万円は高いなあ」

と言っただけなのかもしれない。

でも私は、

「そんなホテルを選ぶなんておかしい」

「あなたの判断は間違っている」

「ちゃんと考えていない」

と、自分そのものを否定されたように受け取ってしまう。

そして、夫がまるで私を攻撃してくる「鬼」のように見えてくる。

すると私は、自分を守るために「我」という鎧を着る。

「私は間違っていない」

「ちゃんと考えている」

「あなたにそんなことを言われる筋合いはない」

そうやって、自分を守ろうとする。

でも、今日ひとつ気づいた。

相手を「鬼」だと思うから、私は「我」という鎧を着るのではないだろうか。

そして私が鎧を着いて反撃すれば、今度は夫から見た私が「鬼」になる。

夫もまた、自分を守るために鎧を着る。

鬼、鎧、鬼、鎧。

そうやって、夫婦喧嘩は続いていくのかもしれない。

では、鬼の後ろには何があるのだろう。

夫の「たけー!」の奥を見てみる。

「そんなにお金を使って大丈夫なのか」

「将来困らないだろうか」

「安心して暮らしていきたい」

そんな不安が隠れているのかもしれない。

それなら、

「そうだね。7万円は高いよね。私も高いと思ったよ」

と、まず夫の気持ちを否定しない。

そのうえで、

「でもね、いろいろ探したんだよ。この日程と場所だと、ここしかなかったの。私は今回は、このお金を払ってでも行く価値があると思って選んだんだよ」

と、自分の気持ちを説明すればいい。

夫の気持ちを認めることは、夫に従うことではない。

あなたがそう感じることを否定しない。

そして、

私がこう感じることも否定しない。

ただそれだけでいいのかもしれない。

そして、私自身の「鬼」の後ろにも青空がある。

「私を否定しないで!」

という怒りの奥には、

「私なりにちゃんと考えているんだよ」

「私の努力もわかってほしい」

「私の考えを尊重してほしい」

という気持ちがある。

夫は「安心したい」。

私は「尊重してほしい」。

そう考えると、本当に話し合わなければならないのは、

「ホテル代7万円が高いか、安いか」

ではなかったのだと思う。

今日、こんな言葉が浮かんだ。

夫婦とは、お互いの鬼と戦うことではなく、
鬼の後ろに隠れている青空を、お互いに見つける練習なのかもしれない。

相手を鬼だと思ったとき、人は「我」という鎧を着る。

でも、

「この人は、なぜこんなことを言うんだろう」

「この言葉の奥には、どんな不安や願いがあるんだろう」

と、ほんの少しだけ立ち止まることができたら。

鎧を少し緩めることができるのかもしれない。

もちろん、いつもそんなにうまくはいかない。

私はたぶん、これからも「カチン!」とするだろう。

逆鱗に触れることだって、きっとある(笑)。

でも、そのときに思い出したい。

鬼の後ろには、青空がある。

夫の後ろにも。

そして、怒っている私自身の後ろにも。

夫婦とは、同じ価値観になることではないのかもしれない。

違う価値観を持った二人が、それぞれの青空を見失わないように、一緒に暮らしていくこと。

それが、長い夫婦生活の中で続いていく「練習」なのかもしれない。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

目次