夫婦関係

「私は、心穏やかに生きたい」― 合わない夫婦が見つけた、近すぎない夫婦という生き方

notty117

私は、心穏やかに生きたい

― 夫婦の距離を考えて見えてきたこと ―

「どうして、こんなにも合わない二人が結婚したんだろう」

私はHSPの特性があり、夫にはADHDの特性がある。

物事の感じ方も、受け取り方も、記憶の仕方も違う。

何度説明しても伝わらない。
分かってほしくて言葉を重ねれば、いつの間にかケンカになっている。

「どうして分からないの?」
「どうしてまた同じことを繰り返すの?」

そんなことを何度も経験してきた。

そして今日、自分に問いかけてみた。

夫と結婚したことで、私は「自分が絶対に大切にしたいもの」を何だと知ったのだろう?

答えは、とてもシンプルだった。

「心の穏やかさ」

私は、穏やかに生きたい。

誰かの機嫌に振り回されたくない。

我慢したくない。

相手を分からせようとして、ケンカを繰り返したくない。

相手の機嫌を取るために、自分を曲げたくない。

静かに本を読んだり、
絵を描いたり、
好きなことをしたり。

そして一日の終わりに、

「ああ、今日もいい一日だった」

と思って眠りたい。

それが、私の望んでいる暮らしなのだと思う。


「分かってもらうこと」より「心の平和」

これまで私は、夫に分かってもらおうとしてきた。

説明して、また説明して、それでも伝わらなければ、もっと説明した。

けれど、それが結局ケンカになることも多かった。

だったら、途中で降りてもいい。

「あなたに分かってもらうことより、私は自分の心の穏やかさを守る」

そう決めてもいい。

相手が最後に何か言ってきても、全部に返事をしなくていい。

「私はそうは思わない。でも、この話はもう終わりにする」

そう言って、その場を離れてもいい。

勝たなくていい。

分からせなくていい。

自分の心を守ればいい。


夫婦だから、いつも一緒にいなくてもいい

私の知っている夫婦にも、私たちのように特性や性格が大きく違う二人がいる。

そういう夫婦ほど、意外といつも一緒にはいない。

それぞれ自分の時間を持っている。

今回、私は夫と一緒に仙台へ長距離で出かけることをやめた。

そして気づいた。

心が平和だった。

これは、とても大切な発見だった。

だからこれからは、

「夫を避ける」

ではなく、

「夫婦の距離を再設計する」

と考えてみよう。

夫婦だから何でも一緒にするのではなく、

一緒にいて心地よいところだけ一緒にする。

長距離の移動は別々でもいい。

趣味もそれぞれでいい。

一人で過ごす時間を増やしていい。

相手が不機嫌なときは、その機嫌に付き合わなくてもいい。

議論が堂々巡りになったら終わりにしていい。

そして、一緒に穏やかに過ごせる時間は大切にする。


それでも、夫婦でいる意味はある

一方で、私はもうすぐ60代になる。

これから年齢を重ねれば、健康の問題も出てくる。

病気、入院、家のこと、お金のこと、災害など、一人では大変なことも増えていく。

そんなとき、

助け合える相手がいることには大きな意味がある。

そして、夫も変わろうとしてくれている。

そこも私は忘れたくない。

だから、

「離婚するか、我慢して一緒にいるか」

そんな二択で考えなくてもいいのかもしれない。

私たちには第三の道がある。


「近すぎない夫婦」という生き方

いつも一緒にいる夫婦でなくていい。

何でも分かり合える夫婦でなくてもいい。

価値観が全部同じでなくてもいい。

それぞれ自分の世界を持ちながら、

困ったときには、

「大丈夫?」

と手を差し出せる。

いつも一緒にいる夫婦ではなく、必要なときには手を差し出せる夫婦。

そんな関係でもいい。

むしろ私たちには、そのくらいの距離がちょうどいいのかもしれない。


夫を変えることは、私の仕事ではない

夫が自分の特性を理解し、自分の言動を調整していく。

それは夫の仕事。

私は夫の先生にならなくていい。

夫の機嫌を取らなくていい。

夫をうまく扱える妻にならなくてもいい。

私の仕事は、私の心の穏やかさを守ること。

夫が変わろうとしているなら、その努力はちゃんと見ていたい。

でも、その変化の責任まで私が背負う必要はない。


この結婚の意味

「どうして、こんなにも合わない二人が結婚したんだろう」

その答えは、まだ分からない。

でも、もしこの出会いに意味があったとするなら、

「夫とうまくやれる人間になるための修行」

ではないのかもしれない。

この関係を通して、

「私は何を大切にして生きたい人間なのか」

を知る旅だったのかもしれない。

穏やかではない経験をしたからこそ、

私は「穏やかさ」がどれほど大切なのかを知った。

そして今、

「夫とうまくやれたら、私は穏やかになれる」

ではなく、

「夫がどうであっても、私は私の穏やかさを選んでいい」

と思えるようになってきた。


これからの私の物差し

これから何かを選ぶとき、私は自分にこう聞こう。

「これは、私の心の穏やかさを増やす選択かな?」

一緒に出かけるかどうか。

話し合いを続けるかどうか。

今日は一人で過ごすかどうか。

言い返すかどうか。

全部、この物差しで考えてみよう。

夫婦の成功とは、

ずっと一緒にいることでも、

何でも分かり合うことでもない。

二人とも、自分らしく穏やかに生きられること。

だから私はこれから、

我慢して夫婦を続けるのではなく、

自分の心の平和を守りながら、助け合える夫婦の形を探していく。

近すぎなくていい。

違っていていい。

一人の時間があっていい。

そして必要なときには、そっと手を差し出せればいい。

私はもう、

「どうしたら夫とうまくやれるだろう」

だけを考えて生きなくていい。

これから大切にしたい問いは、

「私は、どうしたら心穏やかに生きられるだろう」

その答えを、一つずつ選んでいけばいい。

私は、心穏やかに生きたい。

それが今、私が見つけた大切な答え。

ABOUT ME
のぶちゃん
のぶちゃん
アートエデュケーター
私自身はHSP、夫はADHD。とても難しい組み合わせですが、夫婦生活30年やってます。ドタバタ、ケンカの絶えない日々の記録とその考察。 武蔵野美大と武蔵野大学の心理学科卒。「人はなぜ生きているのか」が私の最大のテーマです。 公共建造物のカラーデザイナー、子どもの絵と心のアトリエ、中高の美術講師。 そして今年は還暦。もういい加減に「心穏やかに暮らしたい」が今の最大の夢です。
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