「褒める」より「ねぎらう」――これから私がやってみたいこと

私は、人を褒めるのがあまり得意ではない。

特に、相手から「褒めてほしい」「認めてほしい」という気持ちが伝わってくると、なぜか途端に嫌になってしまう。

夫からそれを感じると、なおさらだ。

「褒めて、褒めて」と言われているような気がして、反発したくなる。

でも今日、ふと思った。

私は本当に「人を褒めること」が嫌いなのだろうか?

少し考えてみたら、別のものが見えてきた。

私が嫌だった「機嫌を取る」という関係

私は昔から、「大人なら、自分の機嫌くらい自分で取ってよ」と思っていた。

夫の両親を見ていても、そうだった。

夫の父親が不機嫌になったり怒ったりしないように、夫の母親が気を遣い、機嫌を取る。

そんな関係を見るのが、私はとても嫌だった。

自分の機嫌が悪いからといって、隣にいる妻にイライラをぶつける。そして妻が、夫を怒らせないように気を遣う。

私は、そんな夫婦関係にはなりたくないと思っていた。

だから夫から、「もっと褒めてほしい」「もっと優しく言ってほしい」「認めてほしい」という空気を感じると、私の中で猛烈な反発が起こるのかもしれない。

「私はあなたのお母さんじゃない」

「あなたの機嫌を取るために、私はいるんじゃない」

私の中には、そんな気持ちがあったのだと思う。

「褒めること」と「機嫌を取ること」は違う

ここまで考えて、ひとつ大きなことに気づいた。

私は「人を褒めること」が嫌いなのではないのかもしれない。

私が嫌なのは、相手の機嫌を保つために、褒めることを求められること。

「褒める」と「機嫌を取る」。似ているようで、私にとってはまったく違うものだった。

本当に助かったなら、「ありがとう、助かったよ」と言えばいい。

頑張っていると思ったら、「疲れているのに、よくやったね」と言えばいい。

上手だと思ったなら、「それ、上手だね」と言えばいい。

それは、ご機嫌取りではない。

私が感じたことを、私自身の意思で相手に伝えることなのだ。

もしかすると、自分のこともねぎらっていなかった

そして、もうひとつ気づいた。

私は人を褒めることだけではなく、自分自身を褒めたり、ねぎらったりすることも、あまりしてこなかったのかもしれない。

「もっと頑張らなくちゃ」

「これくらいできて当たり前」

そんなふうに、自分にも厳しかった。

だからこれからは、「自分褒め」と一緒に、「自分ねぎらい」もやってみようと思う。

「今日もよくやったね」

「疲れているのに、ちゃんとやったね」

「今日は何もしなかったけど、ゆっくり休めたね」

「今日も一日、お疲れさま」

無理に「私ってすごい!」と思わなくてもいい。

ただ、自分の隣に座って、自分の一日を見てあげる。

そんな感じでいいのだと思う。

結果ではなく「やったこと」を見てあげる

これからは、結果だけを褒めるのもやめてみよう。

「いい絵が描けた。私ってすごい」ではなく、「今日は30分、絵の前に座ったね」。

「美味しい料理ができた。えらい」ではなく、「今日も自分たちのためにご飯を作ったね。ありがとう、私」。

成果だけではなく、そこに至るまでの小さな行動を見る。

これは、自分だけではなく、人を見るときにも同じなのだと思う。

これから「一日3ねぎらい」をやってみる

① 自分をひとつねぎらう

「今日の私、よくやったね」

「疲れていたのに、ここまでできたね」

何でもいい。

② 誰かをひとつねぎらう

家族でも、友達でも、店員さんでもいい。

「丁寧に対応してくれたな」

「頑張っていたな」

最初は心の中で思うだけでもいい。

③ 夫をひとつねぎらう

「片づけてくれたんだね。ありがとう」

「これ、きれいにできてるね」

「今日は大変だったね。お疲れさま」

ただし、ひとつだけルールを作る。

本当にそう思ったことだけを言う。

無理に褒めない。お世辞を言わない。機嫌を取らない。

「褒めなきゃ」ではなく「見つけたから伝えよう」へ

私は、夫の機嫌を取る妻にはなりたくない。

夫の機嫌は夫のもの。私の機嫌は私のもの。

大人同士、それぞれが自分の感情に責任を持てばいい。

でも、それとは別に。

私はもう少し、人の良いところを見つけられる人になりたい。

そして、見つけた良さを言葉にできる人になりたい。

それは誰かのご機嫌取りではない。

相手の中に小さな光を見つけたとき、「そこ、ちゃんと見えてるよ」と伝えることなのだと思う。

だから、まずは私自身から。

一日の終わりに、自分に聞いてみよう。

「今日の私に、どんな言葉をかけてあげたい?」

そして、「今日もよくやったね」「お疲れさま」と、自分に言ってあげよう。

自分を見る眼差しが少しやさしくなったら、その眼差しはきっと、自然に周りの人にも向かっていく。

褒め上手にならなくてもいい。

ねぎらい上手になってみよう。

それが、これからの私の小さな目標。